岸まつえ 平和と希望のまち新宿をつくる会

岸まつえ図書室

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あなたとランチを

今月のランチメイト 岸松江先生×佐藤むつみ いつもおむすび

『法と民主主義 2014年6月』

ランチのメニュー

  • しゃけ玄米おむすび
  • たらこおむすび
  • きんぴらと味噌汁付き

岸さんのお昼は「パソコンを見ながらおむすびを食べるの」。五八期なのでもう弁護士生活九年目、あの忙しい東京法律事務所に所属する。四谷駅から三分の所にある。我が町四谷界隈にはおいしい店がわんさかあるのに九年も机でおむすびなのである。まったくもう。「このところ権兵衛の玄米おむすびにはまって」とおっしゃるので四谷駅アトレ権兵衛でおむすびセットきんぴらと味噌汁付きを買って東京事務所に伺った。ビルの入り口で後ろから松江さんに呼び止められた。「今日はおむすびスペシャルよ」と恩を着せるが反応はない。

五階の事務所のドアを開けるとそこにはカウンターがあり、その向こうには机机人人書類書類の雑然とした空間が広がっている。右から柳沢先生が事務局に仕事を頼みにやってくる。弁護士のスペースは左右に広がっているのだ。私も共同事務所育ちであるから他人の家に来ている気がしない。遠慮なくずんずんと入っていく。松江さんの机は意外に整理されている。「きれいじゃない」と言うと「昨日かたづけましたから」。隣は中川勝之さん、かなり書類に埋まっている。机の前の棚に首に掛ける変な名札が下がっている。「これ何よ」と聞くと、中川さんは「街頭に立つときに首から下げる」と真面目に言う。名前の下に自由法曹団なんて書いてある。奥には上条先生が本に埋もれて本を読んでいる。岸さんの後ろは柳沢先生。これはすごい惨状である。「先生。人の頭の中と机の上は同じなんだって」と言ってやる。これぐらいのことに動じる柳沢先生ではない。向こうに同期の志村さんがいる。もちろん机の上の点検に向かう。おおきれい。席の後ろにコンテナがある。隣の侵入を阻止する工夫なんだって。志村さんらしい。

いつものようにパソコンに向かいながらおむすびを食べてもらう。なるほどきんぴらと味噌汁はじゃまです。権兵衛のおむすびはおいしくて大きい。玄米もいける。何しろ食事時間が短い。インタビューは応接に移動してやることになった。今度は静かな個室で。事務所の方にお茶まで持ってきてもらいました。岸松江さんは遅れて弁護士になった。大学を卒業してすぐに結婚。夫の母から「男は仕事が甲斐性なのだから支えて欲しい」と言われ「企業戦士であった夫の海外赴任に同行し」北京へ。天安門事件前の北京である。外国人はホテル住まいで、お手伝いさんが付いた。小さな長男を連れていたが、面倒を見てくれる。商社マンのつれあいはとにかく忙しくて家に帰ってこない。松江さんは近くの人民大学に自転車で通い、北京語を勉強する。大学では英文学専攻だったがあまり勉強しなかった。人民大学にはいろんな国からたくさんの留学生が来ていた。「ほんとに楽しかった。すごく勉強したのよ」。

帰国してからはまだ小さい息子を育てながら仕事を探しまくった。やっと採用になった出版社では定時に帰るとすぐに解雇された。公務員試験も面接までこぎ着けても「夫と小さな子供がいる」と言う理由で不採用である。派遣でキャドオペレーターの仕事をしたこともある。女性で子持ちであることの差別と悲哀は骨の髄まで染みた。そしてやっと女性向け新間の記者職を得る。その時には二八才になっていた。取材を通じていろいろな女性差別事件とその当事者、それを担当する女性弁護士に出会うことになる。「女性だからと言ってあきらめることはない。日本国憲法があるんだ」。

しばらくして松江さんは弁護士を目指して司法試験を受け始める。勉強会に属しながら独学での受験勉強だった。「新司法試験になっていたら弁護士になれなかったかも」と言う。新司法試験が始まる前二〇〇三年度合格である。その時の最終合格者一四六四名うち女性は三五〇名、二三・九%になっていた。二五年前の一九七八年は四八五名中女性は三二名六・五九%。研修所で女性差別問題が起こったころである。二五年で女性合格者の割合は三・六倍になった。松江さんと一〇年違いの六七期は合格者数二一〇二名うち女性は五四五名、二五・○六%である。 一・一六%の微増である。女性が半分になるまではほど遠い。

「弁護士になって本当によかった」松江さんは味噌汁を飲みながらしみじみと言う。「だって経験したことが全部生きているんだもの」。女性の置かれている状況を我がこととして共感できる。講演会の前振りは「私は解雇されたことがあります。派遣の経験も」。「あなたと同じなの」のメッセージは岸松江さんにしか発信できない。「私の話を聞いて泣いてくれる人がいる」。理不尽や辛いこと差別される怒りとあきらめ。岸松江はそこから「あなたを守るための法律はどこかにあるはずなので相談しに来てほしい」と力を込める。

事務所のホームページの弁護士紹介、松江さんの顔写真はきらきら漫画である。元気なお姉さん風でちょっと目を引く。

「若すぎ、可愛すぎ」。まあそうですけどいいじゃない。笑うと愛嬌のある松江さんの今の顔もすてきだけど。

東京弁護士事務所の弁護士は三一名、女性弁護士は七名。なぜか女性弁護士は青龍美和子さん以外は顔写真なしである。面が割れると困ることがあるのかな。「松江さんは東京事務所初の子連れ女性弁護士ですね」と聞くと「私産んでないし」そうか入所の時には子供さん二人とも大きく、すでに松江さんは矢でも鉄砲でも来いのおばさんだったんだ。

と言うわけで松江さんはばりばりと仕事をこなした。なんと今は「何でそんなに遅いの」と不満を言うのは定年間近の年の離れたつれあいである。「家事をやってもらえば」と言うと「すごくまずいご飯を作る」。と憤慨している。松江さんが言うには「許せないことでケンカして一週間私は口をきいていない」。哲学のゼミで知り合った二人はいまでも「大問題」をかかえるらしい。「お互いのあきらめが肝心。ここまで来たらとりかえるのはたいへんなんだから」とアドバイスをする。

「男は敷居を跨げば七人の敵あり」。女は敷居の中にも敵ありなのよ。そして、外には差別の壁が立ちふさがる。七人の敵なんて可愛いいもの。

岸松江という山水画のような古風な名前を持つ女性は、父が思い浮かべた美しい風景の中にはおさまらなかった。荒波を渡る船長になった。

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