岸まつえ 平和と希望のまち新宿をつくる会

岸まつえ図書室

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都議会のヤジ問題と安倍政権がめざす
「戦争できる国」の女性の役割

岸 松江

平和運動 2014年10月1日発行 No.523(通巻838)

はじめに

第二次安倍内閣は女性閣僚を過去最多の5人登用し、新たに女性活躍担当相を置くなど「女性が輝く社会の実現」を強調しています。しかし、登用された女性閣僚たちの多くが、男女共同参画や夫婦別姓に反対し「戦争できる国」を目指して日本国憲法改正を掲げる右翼団体「日本会議」の支援メンバーであることから、女性たちの間に不安が広がっています。本稿では、6月に起こった東京都議会でのヤジ発言問題の背景にある「女性」観から、安倍政権の「女性」政策を考えました。

都議会ヤジに広がる批判

今年6月18日、東京都議会の本会議で、塩村文夏議員が妊娠や出産に関する都の支援策について東京都に質問していた際、「自分が早く結婚したらいい」「産めないのか」などのヤジが飛び、議場に笑いまで起きました。

鈴木章浩議員がヤジ発言の一部を認め、塩村議員に謝罪し自民党会派を離脱しましたが議員辞職まで至っていません。

その後本年4月の衆議院総務員会で、自民党の大西英男衆院議員が女性議員に対し「早く結婚して産まないとダメだぞ」などのヤジを発したことが明らかになりました。また、共同通信が衆参の全女性国会議員にアンケートしたところ、国会でも「女は黙っていろ」「離婚しただろう」などのヤジが日常茶飯事であるとの回答が寄せられたそうです。

こうした議会での女性議員に対するヤジには根深い女性差別。蔑視があるとして、多くの女性団体から抗議声明が相次ざました。東京弁護士会、第二東京弁護士会からも抗議の会長声明が出されました。

政治家による女性差別発言と言えば、石原慎太郎都知事(当時)の「女性が生殖能力を失っても生きているのは無駄」と述べたいわゆる「ババア発言」や、柳澤伯夫厚労相(当時)の「女性は子どもを産む機械」発言など、これまで再三繰り返されてきました。

女性蔑視ヤジ・発言の背景にあるもの

鈴木章浩都議会議員は、2012年に尖閣諸島の魚釣島に上陸し日の丸を掲げたメンバーの1人です。同氏は「上陸できなければ日本人としての誇りが保てない」などと言い、石原東京都知事(当時)の尖閣諸島購入方針などへの支持を表明していた超保守派議員です。

大西英男衆院議員は、神道政治連盟(神道連)国会議員懇談会のメンバーです。神道連は、「皇室と日本文化伝統を大切にする社会づくり」「誇りの持てる新憲法制定」などを目指して活動しており、HPで「生まれながらにして赤ちゃんに男らしさや女らしさが備わっているのは脳科学の世界では常識」だとして、性別役割分担など社会的に作り出される性差(ジェンダー)概念を否定し、夫婦別姓制度についても家族の「きずな」を理由に反対しています。

石原慎太郎については、周知のとおり日本国憲法を目の敵にしている改憲論者であり、生殖能力のない女性は無駄だと言い切った政治家です。

こうした女性差別発言を行う政治家に共通しているのは、「女の役割は″産む″ こと」であるという女性に対する固定的な発想です。

自己決定権の侵害と人権軽視

そもそも、結婚するかしないか子どもを産むか産まないかは、個人が自己決定すべき問題です。ヤジ発言はこの自己決定に属する事がらを公の場で侵害する行為です。

子どもを産むか産まないか、あるいはいつ何人産むのか、これは「リプロダクティブライツ」と呼ばれ特に女性にとって重要な権利です。確かに女性は「産む」機能を備えていますが、女性は「産むか産まないか」を自分で決定してこそ、自分の人生の主人公となることができます。女性にとって極めてプライベートで人生にとって大切な決定事項について、ヤジをとばすこと自体が人権侵害になるのです。

しかもヤジ発言は、単に自己決定権の侵害にとどまらず、「女性は(仕事よりも)結婚して産んでこそ一人前」という誤った価値観を含んでおり、未婚女性や不妊女性に対する侮辱ともなり得るものです。また、産むか産まないかのみで女性を判断している点で、全ての女性を貶めるものでもあります。

たとえ産んでも産まなくても私たち女性は、それだけで評価されるものではありません。結婚や出産の有無によって、個人としての業績や人格が貶められることがあってはなりません。

上記のような議会における女性議員へのヤジ差別発言は、質問した未婚の女性議員を嘲笑し、彼女の議会での質問の趣旨さえ椰楡するものでした。そこには「女性は産んでこそ一人前」という誤った偏見があり、あたかも、産んでいない女性は劣るというメッセージを含んでいるからこそ、女性全体に対する差別発言となるのです。

国家存続と女性の「産む」役割

「女性の役割は〝産む″こと」という偏見に基づいて女性差別発言をする政治家に共通しているもう一つの点は、〝産む″ことを「国や家族の存続」のための手段として位置づけていることです。これは、個人の自己決定権よりも国や家の存続を優先させる発想であり、日本国憲法の人権尊重原理とは相容れない思想です。

歴史を振り返れば、大日本帝国憲法の明治民法下では、女性は家長に従うべき無能力者であり、家の跡継ぎである子どもを産まないものは離縁されても仕方のない存在でした。 結婚や出産、自分自身の財産も全て家父長に従うべきとされた家制度の下、女性はまさに「産む」機械としての役割を押しつけられていました。

その家制度の下で女性は、「産めよ殖やせよ」という国家政策に協力させられたのです。家制度により支えられた天皇制国家が侵略戦争へ全国民をかりたてていきました。女性の自己決定権を奪い、「産む」ことを社会的に強制させられ、女性たちは「靖国の母」として戦争協力させられた歴史があります。

自民党「憲法改正草案」と女性の役割

自民党が2012年に発表した「日本国憲法改正草案」の前文には「日本国は……天皇を戴く国家」であり「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、……家族や社会全体を互いに助け合って国家を形成する。」「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここにこの憲法を制定する。」などと記されています。同草案の特徴の一つは、現日本国憲法の恒久平和主義を投げ捨て「戦争できる国づくり」を目指したことです。二つ目は、国民の人権よりも伝統ある日本国家の存続という目的を優位なものと位置づけたことにあります。

このような自民党の目指す憲法下では、国民は、日本国を「末永く子係に継承する」ため「家族が互いに助け合う」ことが求められます。そこでの女性の一番の役割は「産む」ことと「子育てして家庭を守る」ことであることは明らかです。

保守議員らの女性差別発言がこうした「戦争できる国」を目指した自民党の憲法草案の発想とも深く結びついていることも見逃せません。

産みたくても産めない0もう一つの自己決定権の侵害

現在、若者や女性労働者の非正規率が半分を超え、貧困のなかで家族を持ち子育てする将来が描けない若者たちが多数います。また正社員として働いていても、妊娠・出産を機に退職に追い込まれるマタニティハラスメントも広がっています。保育園での待機児童数の増加も深刻です。仕事も子育てのどちらもあきらめたくないという多くの女性たちにとって、産みたいのに産めない、あるいは産んだら働き続けられないという現状は、女性の自己決定権を大きく傷つけています。

その一方で、安倍政権が「女性の活躍」を強調しながら、女性たちの産みたいという願いを踏みにじる政策を推し進めていることに女性たちの怒りが広がっています。

アベノミクスの雇用改革では、労働者派遣法の事実上の規制撤廃や残業代不払いによる長時間労働の野放し政策を推し進めようとしているからです。これでは、「女性の活躍」どころか、女性を不安定で安い労働力として活用するものであり、産みたくても産めない状況を悪化させるものです。彼らがすすめる労働法制の規制緩和は、家庭責任をより多く担っている女性たちをますます非正規化・貧困化へと向かわせるものです。非正規・不安定雇用では、産休や育休をとって働き続けることは困難です。

このように産みたくても産めない女性たちの困難を放置しながら、女性議員に対し「産め」などとヤジをとばす行為は、日本の出生率が低下しているこれまでの政治の無策を女性の自己責任に責任転嫁するものに他なりません。だから、女性たちは怒っているのです。

女性たちは、仕事と両立しつつ自らの選択として「産む」ことができる社会を求めています。そして集団的自衛権行使容認による「戦争できる国」作りを止めさせたい、若者たちを戦場に送らないと声をあげはじめています。

臨時国会では「女性」が論戦の中心になると言われています。女性を「産む」性や安い 一労働力に貶める政治家たちの本音を見抜き、「女性の味方」をきどった安倍政権に「ノー」をつきつけましょう。

(きし まつえ・弁護士)

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